結論|セローは悪くなかった。でも、自分の中でハードルを上げすぎていた
正直に言うと、
セローが嫌になったわけではありません。
むしろ、
「いいバイクだな」と思う場面の方が多かった。
それでも結果的に、
セローにはほとんど乗らないまま手放すことになりました。
理由①|想像していたオフロードの世界と、現実のギャップ
免許を取る前、
僕の頭の中にはこんなイメージがありました。
- 林道を走る
- 未舗装路に入る
- 自然の中を自由に走る
だからこそ、セローに強く惹かれた。
でも実際には、
その世界に入るまでの準備や覚悟が、思っていた以上に必要だった。
理由②|「とにかくエンジンだけはかけよう」と思っていた日々
セローを置きっぱなしにするのは嫌で、
エンジンだけは、できるだけ毎日かけるようにしていた。
理由は単純で、
バッテリーを上げたくなかったから。
ただ、
今思えばそれは
**「走らない代わりに、安心したかった行動」**だったのかもしれない。
実際、
アイドリングだけではバッテリーは守りきれず、
手放すまでにバッテリーは2回交換することになった。
理由③|点検ですら「乗って行くのが怖かった」
点検の時も、
「自分で乗って行こう」とは思えなかった。
結局、
バイク屋さんに取りに来てもらう形を選んだ。
理由は明確で、
走ることそのものよりも
「公道に出ることへの不安」の方が大きかったから。
理由④|家の周りを一度走っただけで感じた“恐怖感”
実際に走ったのは、
家の周りを一度、ほんの少しだけ。
その時に強く感じたのが、
後ろに車がいることのプレッシャー。
- 迷惑をかけていないか
- エンストしないか
- 変な動きをしていないか
楽しさよりも、
恐怖や緊張の方が勝ってしまっていた。
理由⑤|自分で勝手に上げていた「走るためのハードル」
今振り返ると、
自分で自分を縛っていた部分も大きい。
- 走るならプロテクターをちゃんと着けないと
- 中途半端な装備で出るのは危ない
- 今日は準備が不十分だからやめておこう
そんなふうに、
走る前から「ダメな理由」を積み重ねていた。
結果として、
セローは「跨るバイク」ではなく、
**「眺めるバイク」になっていった。
理由⑥|「いいバイク」だと分かっていた。でも足つきがきつかった
セローについて調べると、
どの記事にもこう書いてあった。
- 扱いやすい
- 初心者にも優しい
- いいバイク
実際、それは間違っていないと思う。
ただ――それでも、俺には足つきがきつかった。
慣れていないというのもあったと思う。
でも、停車時にしっかり足がつかないという感覚は、
想像以上に精神的な負担が大きかった。
特に、
身長が高いわけでもなく、
今どきの体型とも言えない
**「昭和体型のおっさん」**にとっては、
- 停まるたびに気を使う
- 傾いたら支えきれるか不安
- 立ちゴケのイメージが頭をよぎる
そんな恐怖が、
走る前からブレーキをかけていた気がする。
これはセローが悪いわけじゃない。
むしろ、
セローはちゃんと“オフロードバイク”だった。
ただ、
- バイクにまだ慣れていない
- 公道に不安がある
- 足つきに余裕がない
そんな状態の自分には、
少しハードルが高かっただけ。
今振り返ると、
この「足つきの不安」も含めて、
セローに乗らなくなった理由の一つだったと思う。
それでも、バイクそのものが嫌いになったわけではなかった
大事なのはここ。
セローに乗らなかった=バイクが嫌いになったわけではない。
- 免許を取った
- 操作は分かる
- エンジン音は嫌いじゃない
ただ、
最初の一台として選んだバイクと、当時の自分の心構えが合っていなかった
それだけだった。
そして、いったんセローを手放す決断をした
「このまま置いておくのは違うな」
そう思い、
セローはいったん手放すことにした。
この時点では、
- 次に何に乗るか
- またすぐ買うのか
そんなことは、正直ほとんど考えていなかった。
ただ一つだけ、
「バイクって、こんなものじゃないはずだ」
という感覚は、心のどこかに残っていた。
そんな中、同僚のバイクを借りてツーリングに行く機会がありました。 そこで初めて「バイクって、怖いだけじゃなかったんだ」と感じることになります。
👉 同僚とのツーリングがきっかけで、再びバイクに火がついた話(第3章)
